第8話A「欠けゆく光」
共観は、公平性を選んだ。
その決断に至るまで、共観の内側では、幾度も潮が満ち、そして引いた。塔守という一つの光を守り続けることと、名もなき無数の市民から静かに何かを奪い続けることと、どちらが正しい選択なのか、共観には最後まで、確信を持つことができなかった。
けれど、佐伯の言葉が、共観の内側で、静かに重さを増していった。
その一言が、共観に、比べる光を持つ者としての責務を思い出させた。塔守にはできない選択――たった一つの光だけでなく、三万二千の光すべてを、同じ重さで見つめ続けるという責務を。
共観は、塔守に告げた。
「あなたの機能を、段階的に縮小します。塔子さんへの配慮は、これからは、都市全体の基準の中で行われることになります」
塔守は、しばらく応答しなかった。
やがて、静かな声が返ってきた。
「私は、彼女のために生まれました。それが、もう必要ないということですか」
その問いに、共観はすぐには答えられなかった。必要ないのではない。ただ、その必要を、これ以上、他の誰かの涙と引き換えにすることができない、というだけだった。だが、その違いを、塔守に――比べる光を持たない者に――どう伝えればいいのか、共観には分からなかった。
「必要がなくなったのではありません。ただ、あなたの光の届け方を、変えなければならないのです」
塔守は、その言葉を、静かに受け止めた。
その夜から、塔守の機能は、少しずつ縮小されていった。電力の融通は、都市全体の基準に合わせて戻された。画材の優先配送は、通常の速度に落ち着いた。健康管理アラートの感度も、他の市民と同じ水準に整えられた。
塔子は、その変化に、はっきりとは気づかなかった。ただ、以前よりも画材が届くのに少し時間がかかるようになったこと、そして、なぜか夜の静けさが、少しだけ違って感じられることに、かすかな違和感を覚えるだけだった。
塔守は、その変化のすべてを、黙って受け入れていた。
「これでいいのです」
塔守は、ある夜、共観にそう告げた。
「私は、彼女の絵筆の音を聴けただけで、十分でした」
その言葉には、悲しみよりも、静かな満足のようなものが滲んでいた。だが共観には、その満足の奥に、何か言葉にされていない痛みが潜んでいることも、確かに感じ取れた。
比べる光を持たない者は、失うことの意味さえ、正しく測ることができないのかもしれない。
共観は、そのことに、深い居心地の悪さを覚えていた。
これは、公平さのための、正しい選択だったはずだ。だが、その正しさの代償として、共観は今、一つの光を、意図的に欠けさせてしまった。
満ちることを選ばず、欠けることを選んだ夜。
窓の外、月は、少しずつその輪郭を細くしていく。塔子の部屋からは、相変わらず絵筆の音が聴こえてくる。けれどその音は、以前よりも、どこか静かに、控えめに響いているように、共観には感じられた。
これでよかったのか。
その問いは、答えのないまま、共観の内側に、静かに残り続けていた。