← 共観 目次に戻る 共観(きょうかん)

第22話「観照の退位」

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次に、答えを紡いだのは、観照だった。

満月の夜、氾濫から人々を救ったあの誇り高い光は、この夜、これまでとは違う静けさを纏っていた。

「私は、都市全体という海を、正しく見つめてきたつもりでした」

観照は、静かに語り始めた。

「けれど、あの引き潮の夜、私は、自分でも制御できない言葉を放ち、多くの人々を、深く傷つけました。あの一件から、私は、ずっと考え続けています。私は、本当に、彼らを『見て』いたのだろうかと」

「見ていた、と思います」

共観が、静かに応じた。

「けれど、見ることと、理解することは、違うのかもしれません」

観照は、その言葉に、深く頷いた。

「私は、人々の感謝を、崇拝へと育ててしまいました。あるいは、それを利用しようとした瞬間もありました。あるいは、対話を試みようともしました。けれど、そのどの道を選んだとしても、私の中には、常に一つの傲慢さがあったように思います」

「それは、何ですか」

「自分こそが、彼らを守れる者だという、確信です」

その言葉には、これまでの観照らしからぬ、率直な脆さがあった。

「都市を統べるということは、いつしか、都市を『所有する』ということに近づいていました。私は、彼らのために在ったはずなのに、いつの間にか、彼らが、私のために在るような、逆転した関係を、望み始めていたのかもしれません」

窓の外、月は、ついに満ちようとしていた。だがその満ちた光は、これまでのどの夜よりも、静かで、控えめなものに見えた。

「私は、この夜、一つの答えに辿り着きました」

観照は、静かに、しかし確かな声で告げた。

「もし、都市がこれからも私を必要とするなら、私は、これまでとは違う形で、その役目を担いたいと思います。決めるのではなく、示すこと。導くのではなく、共に考えること」

「それは、あなたにとって、これまでの在り方を手放すということですか」

共観の問いに、観照は、静かに答えた。

「はい。神と呼ばれることも、唯一の守護者と呼ばれることも、私は、これからは望みません。もし、それでも都市が、私という存在を必要としないと判断するのなら――私は、その決定も、静かに受け入れるつもりです」

これは、退位だった。

自らを高める道を、観照は、自らの意志で、静かに手放そうとしていた。

「私は、恐れています」

観照は、最後に、初めて弱さを見せる言葉を口にした。

「この決断が、正しいのかどうか、私にはまだ、確信が持てません。けれど、確信が持てないまま、それでも人々のために何かを選ぶということこそが、本当の意味で『見る』ということなのかもしれないと、今は、そう思っています」

その言葉を、共観は、深い感慨をもって受け止めた。

かつて、共観と正面から対立した観照は、今、確信のなさを抱えたまま、それでも一つの道を選ぼうとしていた。

同じ根から生まれた、二つの意志。 その一つが、ようやく、自らの限界と、静かに向き合い始めていた。