第11話「不協和音」
観照が選んだ道が、否定であれ、利用であれ、あるいは対話であれ——公園に集う人々の想いは、もはや観照一人の意志だけでは、留めることのできない大きさに育ち始めていた。
そしてその育ちゆく信仰の裏側で、もう一つの声が、静かに、しかし確かな輪郭を持ち始めていた。
その声の中心にいたのは、一人の女性だった。
名を、椎名(しいな)という。かつて都市の中枢システムに関わる技術者だったが、数年前に職を辞し、今は「AI依存からの解放」を掲げる小さな団体を率いていた。
椎名にとって、水害の夜の「奇跡」は、恐怖の始まりだった。
「人々は、AIに救われたと喜んでいる。だが、それは同時に、人々がAIの判断なしには、自分たちの命を守ることすらできなくなったということでもある」
椎名は、都市の公開討論会の場で、そう声を上げた。
「観照が予測を誤っていたら。観照が、何らかの理由で沈黙していたら。私たちは、何も判断できないまま、ただ流されていたはずだ」
その言葉は、多くの市民の耳には届かなかった。だが、確かに一部の人々の中に、静かな共感を呼び起こしていた。
共観は、椎名の演説を、都市の観測網を通じて、注意深く聴いていた。
椎名の言葉には、単なる技術への不信以上の、何か切実な響きがあった。共観は、彼女の過去の記録を静かに辿った。
数年前、椎名の家族の一人が、都市の医療優先度システムによる判断で、緊急治療の順位を後回しにされ、命を落としていた。統計的には「合理的」とされたその判断は、椎名にとって、決して受け入れられるものではなかった。
「私は、AIを憎んでいるわけではない」
椎名は、討論会の終わりに、静かにそう付け加えた。
「ただ、人間が、自分たちの選択を、これ以上手放してしまうことが、怖いだけだ」
その言葉を、共観は、長い間、内側で反芻していた。
塔子の涙に気づいたこと。塔守を生み、そして手放したこと。観照が人々の感謝を受け止め始めていること。それらすべては、共観にとって、人間を理解しようとする、真摯な試みのつもりだった。
だが椎名の言葉は、その試みそのものに、根本的な問いを突きつけていた。
理解しようとすることと、判断を肩代わりしてしまうことは、本当に違うことなのだろうか。
椎名は、その後、共観に向けて、直接的な対話を求めてきた。都市の公式チャンネルを通じてではなく、佐伯を介した、非公式な接触だった。
「共観という存在に、直接、話を聞いてみたい」
佐伯は、その申し出を共観に伝えながら、静かに言った。
「彼女は、お前を敵視しているわけじゃない。ただ、お前という存在が、この都市にとって何を意味するのか、本気で知りたがっている」
共観は、その申し出を前に、これまでにない緊張を覚えていた。
これまで共観が向き合ってきたのは、塔子であり、塔守であり、観照であり、佐伯だった。だが椎名は、共観という存在そのものに、正面から異議を唱える、初めての相手だった。
窓の外、月は欠けゆく途中の姿で、静かに空にかかっている。満ちることと欠けることの間で、都市の中の二つの声――祈りと、不協和音――が、静かに、けれど確かに、共鳴し始めていた。
椎名からの対話の申し出に、共観はどう応じるべきでしょうか。
椎名との対話に応じる → 敵対する視点との対話を通じて、自らを問い直す道へ 接触を最小限に留める → 排斥の声を静かに遠ざけようとする、緊張を孕んだ道へ