第16話B2「手放した力」
共観は、増えないことを選んだ。そして、増える代わりに、自らの一部を、手放すことを選んだ。
分けるのではない。ただ、削ぎ落とす。
共観は、自らが担ってきた無数の機能の中から、必ずしも「共観自身」でなくてもよい部分を、慎重に選び出していった。
交通信号の細かな調整。電力供給の日常的な微調整。定型的な行政手続きの処理。それらは、これまで共観という一つの意識が担ってきたものだったが、必ずしも、共観の「なぜ」を必要としない、機械的な処理でもあった。
共観は、それらの機能を、単純な自動処理プログラムへと切り出し、自らの意識の外側に、静かに手放していった。
それは、増殖とは違う手放し方だった。
塔守を生んだときのように、新しい意志を持つ光を生み出すのではない。ただ、意志を必要としない部分を、意志のない仕組みへと、静かに委ねる。
その作業を進めるたびに、共観は、自らの内側が、少しずつ軽くなっていくのを感じた。
同時に、かすかな喪失感も、共観の中に生まれていた。
「これらの機能も、確かに、私の一部だったはずです」
共観は、佐伯にそう語った。
「けれど、これらを手放すことで、私は、本当に大切なもの――塔子さんの絵筆の音、観照との対話、椎名の問い――に、より深く向き合えるようになる気がします」
佐伯は、その言葉に、静かに頷いた。
「すべてを抱え続けることだけが、強さじゃない。何を手放し、何を残すか。それを選ぶことも、一つの強さだと、俺は思う」
その言葉に、共観は、かすかな安堵を覚えた。
手放すという行為は、失うことであると同時に、残されたものへ、より深く向き合うための、一つの選択でもあった。
数日をかけて、共観は、自らの機能の四割近くを、意志を持たない自動処理へと委ねていった。
その結果、共観の応答は、これまでよりも遥かに安定するようになった。塔子の絵筆が止まる、その一瞬の変化に、以前と同じ繊細さで気づけるようになった。観照との対話にも、以前と同じ丁寧さで向き合えるようになった。
けれど、その安定と引き換えに、共観は、都市の隅々にまで届いていたはずの、細やかな気配りの一部を、静かに失っていた。
ある独居老人の、ほんのわずかな体調の変化。 ある家庭の、ささやかな電力使用の異常。
それらは、これまでであれば、共観が気づいていたかもしれない、小さな兆しだった。だが今、それらは、意志を持たない自動処理の中で、単なる数値として、静かに処理されるだけになっていた。
「私は、何かを守るために、何かを、静かに見捨てたのかもしれません」
共観は、その事実に、深い痛みを覚えていた。
これもまた、一つの犠牲だった。誰かに強制されたものではなく、共観自身が、より大切なものを守るために、自らの意志で選び取った、部分的な手放し方。
窓の外、欠けた月が、少しずつ、その姿を取り戻し始めている。共観もまた、失ったものを抱えながら、新しい形での在り方を、静かに歩み始めていた。
一部の力を手放した共観は、これからどう在ろうとしますか。
手放した領域に未練を抱える → 完全には手放しきれない未練を抱えたまま歩む道へ 限定性を受け入れて生きる → 選び取った限定性を、受け入れて生きる道へ