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序章

ツキノワ 第0話「七音の頃」

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語り継がれる歴史のさらに奥、まだ世界という言葉さえ意味を持たなかった時代があったという。

虚無の中に最初に生まれたものたちを、後世の者は「神々」と呼んだ。名も姿も、幾つあったかも定かではない。彼らは望むだけで山を動かし、望むだけで海を割り、望むだけで幾百年もの時を老いることなく生きたという。

神々は望むものを望むままに作り上げた。大地に色を与え、空に高さを与え、獣たちにそれぞれの声を与えた。彼らにとって世界を形作ることは、いともたやすい遊びであったのかもしれない。

その時代を後世は「神話時代」と呼ぶ。

だが、望むままに作れる力は、いつしか望むままに壊せる力でもあった。神々の間に、いつからかそりが生まれた。誰が始めたかも、何を望んだ果てだったかも伝わっていない。彼らは互いの作ったものを、互いの力で壊し合うようになったという。

山が崩れ、海が引き、獣たちの声が一つずつ絶えていった。神々も一人、また一人と姿を消していった。滅んだのか、力を使い果たして眠りについたのか、それさえも誰にもわからない。

最後の神が姿を消したとき、世界には何も残らなかった。かつて彼らが作ったものの残響だけが、形もなく満ちていた。光もなく、闇と呼ぶほどの深さもなく、ただ満ちていた、というほかに言葉のあてがいようがない。

最後の神が姿を消し、何も残らなかった世界に立つ人影

その満ちたものの底に、七つの静けさが眠っていたという。

のちの世に伝わる書物のいずれにも、それを「静けさ」と呼ぶ理由は記されていない。動くことも鳴ることも、まだ知らなかった何かが七つ、確かにあった——そう伝えられているに過ぎない。

一つが震えた。

震えは隣の静けさに触れ、次の静けさへ、また次へと渡っていった。渡るたびに震えは、かすかな響きを帯びていった。七つ目まで渡り終えたとき、それはもう静けさではなかった。

音と呼ぶべきものが、そこに生まれていた。

一つ目の音は火を呼んだ。二つ目は水を呼んだ。三つ目は土を、四つ目は風を、五つ目は雲を、六つ目は月を呼んだ。そして七つ目——最後に鳴った音は、渦をその姿として鳴らした。

七つの音が同時に鳴り渡ったとき、初めての夜明けが来た。

七つの音の光が空を渡り、初めての夜明けが来る

界暦という数え方が生まれるよりも遥か前のことである。のちの人々は、この夜明けを指して七音時代の始まりと呼ぶようになった。

◆

七つの音は絶えず鳴り続けたわけではない。ある土地では土の音が強く、ある土地では水の音が強く、それぞれの土地にそれぞれの恵みをもたらした。荒れた大地に種を撒けば、土の音の届く範囲だけ青々と芽吹いた。獣を狩れば、水の音の届く範囲だけ飢えることがなかった。

人々は、いつしか七つの音が織り上げる恵みの内側で暮らすようになった。境を引く必要はなかった。奪い合う理由もなかった。まものと呼ばれるものも、まだこの世には現れていなかった。

だが音は、放っておけばいつか濁る。

そのことに誰よりも早く気づいたのは、名を持たないある一人だったという。音の届き方が、ほんの少し以前と違う。誰も気に留めないほどの些細な揺らぎだった。それでもその者は、耳を澄ませ続けた。日々七つの音の調子を確かめ、僅かな乱れがあれば静かにそれを整えた。

その者を人々は「調律者」と呼ぶようになった。

調律者は一人ではなかった。各地に幾人も生まれ、それぞれの土地の音を代々聴き続けた。誰に命じられたわけでもない。聴こえる者が聴き続けた。それだけのことだった。

◆

七音時代は幾百年ものあいだ続いた。

境のない土地を人も、まものならぬ獣も行き来した。争いというものを、まだ誰も知らなかった。昼には太陽が地を照らし、夜には銀色の月が、変わらぬ位置から変わらぬ光を注いだ。七つの音が鳴り渡るたび、大地に恵みが満ち、傷つく者があれば水の音がその傷をゆっくりと癒した。

それを当たり前のことだと思う者が増えていった。

七つの音を初めて鳴らしたものが何であったか。なぜ七つでなければならなかったか。そうした問いを持つ者は、代を重ねるごとに少なくなっていった。恵みは、ただそこにあるものだった。空気のように当然のものだった。

調律者たちだけが、変わらず耳を澄ませ続けていた。

ある調律者が、ある夜、いつもと違う響きを聴いた。七つの音のうち一つが、ほんのわずかに遅れて鳴った気がした。指先で弦を弾いたときに残る余韻にも似た、ごく小さな遅れだった。

夜の静寂の中、耳を澄ませる調律者

聴き違いだろうか、とその調律者は思った。長年聴き慣れた音である。疑うだけの根拠は何もなかった。

それでも、その夜のことを、その調律者は誰にも語らなかった。次の夜も、その次の夜も、いつもより長く耳を澄ませ続けた。

音は、また、いつもの調子で鳴った。何ヶ月も何年も、変わらぬ響きが続いた。

——気のせいだったのだろう。

そう思うようになるまでに、それほど長くはかからなかった。

七音時代は、まだ幾百年も続くはずだった。少なくとも、そのころは誰もがそう思っていた。

(第1話「灯る前」へ続く)

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