第一部『希望の灯』
ツキノワ 第4話「継ぐ灯」
「……顔色が悪いな」
笑ってみせようとした。うまく笑えなかったのか、リオの目がさらに細くなった。
「隠しても無駄だぞ」
リオに手を取られると、ショウは抗うことができなかった。導かれるまま寝床に座らされる。壁際には、いつかリオが譲ってきた古びた毛布が丸めて置かれていた。あの夜からずっと、二人で使い続けている毛布だった。窓の外では市場の呼び込みの声が変わらぬ調子で響いていた。何も変わっていないはずのその声が、今日だけはやけに遠く聞こえた。
「いつからだ」
「……この夏の初めから」
「言わなかったのはなぜだ」
ショウはしばらく答えられなかった。膝の上で両手を握り合わせた。
「言えば心配をかける。それだけだった」
リオは何も言わず、ショウの手を握り合わせたところからそっと解いた。答えてしまえば、もう抗う理由もなくなった。指の関節がこわばること、朝立ち上がるのに時間がかかること、水面の光が薄くなっていること。ショウは、それらを順に話した。話すたびに声が細くなっていくのがわかった。
リオはしばらく黙って聞いていた。それから、ゆっくりと息を吐いた。
「そうか」
たったそれだけだった。責めるでも慌てるでもなく、静かな相槌だった。
その晩、リオはショウの擦り切れた袖口を黙って針で繕った。不器用な手つきで、糸は何度もよじれた。針を持つその手は、暗黒街の水たまりの前で初めて差し出された手と同じ手だった。荒れて傷が増えていたが、温かさだけは変わらなかった。ショウはその様子をただ黙って眺めていた。何かを言えば、この時間が終わってしまう気がした。

◆
界暦六千三十年代、季節がいくつか巡るごとに、ショウの体は着実に重くなっていった。木箱を担ぐ仕事は、いつしか若い誰かに譲られていた。歩く速さも以前の半分ほどに落ちていた。リオの目尻には、この二十数年で幾筋もの皺が刻まれていた。それでも、水を運ぶ足取りだけは、まだしっかりとしていた。
ある朝、寝床から起き上がれずにいると、リオが黙って水を運んできた。何も聞かず、椀を口元まで運んでくれた。水はぬるく、土の匂いがした。それでも喉を通る感触だけは心地よかった。ショウはその手つきに、暗黒街の屋台で初めて椀を受け取った夜のことを遠くに思い出していた。
市場では、かつて石を投げてきた子どもたちの何人かが、もう大人になっていた。すれ違うとき、彼らはもう指を差すことはなかった。ただ黙って道を空けるだけだった。その静かさは、歓声よりもずっと重くショウの胸に残った。
木箱を運ぶ仕事を譲られた若者は、代わりに収穫祭の日の余った菓子を時折届けにきた。「借りができた分だ」とだけ言って、すぐに帰っていく。ショウはその菓子をいつも半分だけ食べ、残りをリオのために取っておいた。分ける手つきは、あの屋台で椀を分けてもらった夜と驚くほど同じだった。
かつて木刀を握らせてもらった広場の前を、ショウはそのまま通り過ぎた。広場の隅でリオが誰かと笑い合う声が、しばらく背中を追いかけてきた。
冬が来ると、リオは薪を惜しまなくなった。以前は二人分の暖を一つの火鉢で分け合っていた。今はショウの寝床のそばにだけ、もう一つ小さな火鉢が増えていた。
夜、水を飲むために起き上がるだけで、しばらく息が整わないことがあった。ショウはそれをもう隠さなかった。隠したところで、リオにはすぐに気づかれた。
ある夜、ショウの顔を覗き込みながら、リオが言った。
「もう長くはないんだろう」
問いではなかった。確かめる言葉だった。ショウは頷くことしかできなかった。その拍子に視界がまた白くにじんだ。
「なら」
リオは少しの間黙り込んだ。窓の外では夜風が板戸を小さく鳴らしていた。
「俺が連れて行ってやる。お前が望んだ姿まで」

ショウは、その言葉の意味をすぐには理解できなかった。ただ、リオの手が自分の手を強く握っていることだけが確かに伝わってきた。
「……人間に、なれるのか」
「なれる、というより。もう一度この世界に生まれ直す。今度は望んだ姿で」
リオはそれ以上詳しくは語らなかった。ショウもまた聞き返す気力を持たなかった。ただ、握られた手の温かさだけがいつまでも残っていた。
ショウはしばらく窓の外の暗さを見ていた。それから、ようやく口を開いた。
「一つだけ聞いていいか」
ショウが言うと、リオは先を促すように頷いた。
「あなたはまた見つけてくれるのか。……次の姿でも」
リオはしばらく黙ってから、いつものように少し困ったような笑い方をした。
「さあな。だが俺は、いつも見つけている。今までも、そうだったろう」
それは答えのようで、答えではないようにも聞こえた。ショウはそれ以上を聞き返さなかった。
翌朝、リオはショウの手を引き、市街地区の外れへ向かった。道の途中、木々の葉が風もないのに一枚また一枚と落ちていった。歩くのに何倍も時間がかかった。それでもリオは急かすことなく、ショウの歩幅に合わせて歩き続けた。
這うように伸びた蔓草の下に、古びた戸の家があった。戸の前で、リオは一度だけ足を止めた。ショウの手を少し強く握り直してから、戸を叩いた。しばらくして、白髪の女が顔を出した。
「調律者と呼ばれている方に会いたい」
女は、ショウの丸い輪郭とリオの真剣な顔を順に見た。それから、無言で戸を大きく開けた。
家の中は蝋燭の匂いがした。老いた男が机の前に座っていた。目だけが驚くほど澄んでいた。
「見ない顔だ。……お前は、あの南の遺跡の民か」
「はい」ショウはそれだけを答えた。
「この子を」リオはショウの肩に手を置いた。その手はかすかに震えていた。「人間として、もう一度この世界に送り出してやってくれないか」
調律者は長い間何も言わなかった。蝋燭の芯が小さく爆ぜる音だけが部屋に響いた。
「お前は、この子の何なんだ」
リオは少し困ったように笑った。
「さあな。強いて言うなら……遠縁の兄のようなものか」
調律者は、その答えに何か思うところがあったのか、ふっと目を細めた。それから、静かに頷いた。
「その願い、確かに受け取った。今夜、支度をしておくといい」
「これから、どうなる」ショウは初めて自分から問いを口にした。
「今夜目を閉じて眠るだけだ。目を開けたときには、赤子の目でこの世界を見ている」調律者はそう言ってから、少しだけ声を和らげた。「怖がることは何もない」
家に戻る道で、リオは口数が少なかった。ショウもまた何を話せばいいのかわからなかった。ただ、帰り道の半分ほどをリオに背負われて過ごした。背中越しに伝わる体温だけが体の芯まで届いた。道端の店先から漂う夕餉の匂い。誰かの笑い声。ショウはその一つひとつを深く吸い込んだ。
その夜、寝床に横たわりながら、体の底からゆっくりと力が抜けていくのを感じた。指先を握ろうとしても、うまく力が入らなかった。天井の木目を数えることも、もうできなくなっていた。
「なあ」
リオの声が、すぐそばで聞こえた。
「次は、どんな声で呼んでくれる」
答えようとしたが、うまく声にならなかった。ただ、頷く代わりにリオの手をそっと握り返した。
「灯りは消さないでおく。……お前が迷わないように」
リオはそう言って、寝床の脇の小さな灯芯に火を灯した。橙色の光が、壁に二人分の影を長く伸ばした。重なり合う二つの影が壁の上でわずかに揺れていることに、ショウは目を留めた。

部屋の隅には、繕われた袖の上着と、あの古びた毛布がきちんと畳んで置かれていた。次に目を覚ましたとき、これらはもう、ここにはないのだろう。ショウはその毛布の縁に指先でそっと触れた。
まぶたが重くなっていく。最後に見えたのは、いつもと変わらないリオの穏やかな顔だった。