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第一部『希望の灯』

ツキノワ 第5話「生まれ直し」

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音が先にあった。

低く規則正しく繰り返す音。次に光があった。輪郭のない白い光の塊。焦点というものを、まだ体が知らなかった。

「よく来た」

声が光の向こうから降ってきた。聞き覚えのある声だった。だが、それが誰の声かを言い当てる言葉を、この体はまだ持っていなかった。

「今度は思う存分、人間をやれ」

腕に抱き上げられる感触があった。柔らかくはない、荒れた手だった。それでも、その手の中で体の強張りが少しずつ緩んでいった。

泣き声さえ、うまく出せなかった。喉の奥で震える息だけが何度も漏れた。それでも、その荒れた手は辛抱強く体を揺すり続けた。

産着に包まれた黒髪の赤子(生まれ直したショウ)を抱き上げるリオ

◆

界暦六千四十年から幾年もの月日が流れた。

言葉も、歩き方も、この国の作法も、今度はひとつひとつ時間をかけて覚え直した。前の生の記憶はうっすらと残っていたが、体そのものは正真正銘の赤子だった。転んでは立ち上がり、舌を噛んでは黙り込み、そうやって少しずつ、人間の子どもの動きを体に馴染ませていった。

初めて自分の足で歩いた日のことを、ショウは覚えていない。ただ、リオがその日屋台で買った甘い菓子を、二つとも一人で食べきってしまったという話だけを、後に何度も聞かされた。話すたびにリオは、決まって同じところで声を立てて笑った。

リオは、ショウが寝入るまで毎晩傍らを離れなかった。素性を聞かれれば、「遠縁の子を預かっている」とだけ答え、それ以上は誰にも語らなかった。近所の女房たちが、「母親はどうしたのか」としつこく尋ねてきたことがあった。リオは困ったように笑うだけで、結局何も答えなかった。それきり、誰も深くは聞かなくなった。

相変わらず、リオには気まぐれに姿を消す癖があった。短ければ数日、長ければ季節をまたぐこともある。戻ってきたときの顔つきは、いつも変わらず穏やかだった。行き先を尋ねても、「知らない道を歩いていた」とはぐらかされるだけだった。それも含めてリオという人なのだと、ショウにはいつからかわかっていた。

夜になると、リオは狭い部屋の灯りの下で文字を教えてくれた。ぎこちない手つきで、砂を敷いた板の上に簡単な字をなぞる。ショウが同じ字を書き写すたび、リオは上手くいってもいかなくても同じ調子で頷いた。「覚えていく速さなんて、人それぞれだ」――それがリオの口癖だった。灯芯の火が、板の上の砂粒を小さく光らせていた。

夜、灯りの下でリオが砂の上に字をなぞり、幼いショウが書き写す場面

近所の子どもたちと駆け回ることも増えた。誰かと転げ回って泥だらけになる夜、リオは湯を沸かして体を洗ってくれながら、その日あった出来事をぽつぽつと聞き出した。特別なことは何も起きない、ただの一日の報告に、リオはいつも同じくらい丁寧に耳を傾けた。

物心がつく頃には、市街地区の広場にしばしば足を運ぶようになっていた。

季節が巡るたび、広場では「手合わせ」という祭が開かれた。露店が立ち並び、子どもたちの甲高い声が飛び交う中、人垣の真ん中だけが不思議な静けさを保っていた。二人の男が木刀を手に、笑いながら打ち合う。木刀が触れ合う乾いた音、踏み込むたびに舞う土埃、見物人たちの歓声。勝ち負けの後には、判で押したように深い礼が交わされる。その一連の流れに、ショウは言いようのない既視感を覚えた。理由はわからなかった。ただ、体のどこかが、その角度、その間の取り方をすでに知っているような気がした。

「気に入ったか」

隣で見ていたリオが笑いながら聞いた。ショウは答える代わりに、自分の手のひらをじっと見下ろした。指の長さも、骨の並びも、まだ馴染みきっていない新しい体だった。それでも、その手は木刀を握る形をひとりでに探しているようだった。

数日後、手合わせに引っ張り出されたリオは、相手の踏み込みをぎりぎりまで引きつけてから体を沈めてかわした。相手の勢いが流れ、体勢を崩したところへ、リオの木刀がそっと喉元で止まる。輪の中からどよめきが起こり、それが拍手に変わるまでしばらくかかった。ショウは、その輪の中心に立つリオの姿を、外からまぶしいものを見るように眺めていた。

その日から、ショウは広場の隅で見よう見まねに素振りを繰り返すようになった。誰に教わったわけでもない動きが、驚くほど滑らかに出ることがあった。かと思えば、次の瞬間には足がもつれて転んだ。前の生の記憶と、生まれたばかりの体との間には、まだ大きな隔たりがあった。

ある日、勢い余って転び、膝を石畳に強く打ちつけたことがあった。血がにじみ、しばらく涙が止まらなかった。それでもショウは、傷の痛みが引く前にまた木刀を拾い直した。それを見ていた誰かが、「無理をするな」と声をかけてきたが、ショウは首を横に振っただけだった。

熱を出して寝込んだ冬もあった。リオは三日三晩、水に浸した布を額に載せ替え続けた。うわ言のように何かを呟くたび、リオは耳をすませ、聞き取れない言葉にそれでも小さく頷き返した。熱が下がった朝、ショウが真っ先に口にしたのは、水でも粥でもなく「木刀は、どこにやった」という一言だった。リオは呆れたように笑ってから、枕元に木刀を立てかけた。

界暦六千四十五年、リオはショウを連れて、初めて中央の城下まで足を伸ばした。石畳の大通りには、露店の呼び声と鍛冶場の槌音が入り混じって響いていた。人の多さに気圧されて、ショウはリオの上着の裾をずっと握りしめていた。

「怖がることはない。ここもお前の国だ」

リオはそう言って、ショウの手を上着の裾から自分の手に握り直させた。荒れた手の感触は以前と変わらず温かかった。城壁の上に立つ見張りの兵士たちの姿を、ショウはしばらく見上げていた。理由はわからないまま、その隊列の並び方に妙に見入ってしまった。

リオはその様子を止めなかった。ただ、時折木刀の握り方だけを簡単に直してくれた。

「筋はいい。あとは体が追いつくのを待つだけだ」

そう言って、リオはショウの木刀を持つ手を上から包むように直した。手の重みだけがしばらく残っていた。周りで見ていた大人たちが、その様子に小さく笑い声を立てた。ショウの肩から強張りが、もう抜けていた。

市場の裏路地では、時折出所の知れない古い金属片が売られているという噂があった。文字とも模様ともつかない紋様が彫られたそれを、ショウは一度だけ遠目に見たことがあった。理由もなく、しばらく目が離せなかった。何かを思い出しかけて、けれど、その先には辿り着けなかった。売り手はショウの視線に気づくと、慌てたように布をかぶせ、人混みの中へ姿を消した。

季節が幾度も巡った。振り下ろす木刀の音は次第に軽やかになり、足の運びからもつれが消えていった。広場に立つ大人たちの中には、まだ幼さの残るショウの構えに目を留める者も出てきた。

「素人の構えじゃないな」と通りすがりの誰かが呟くのを、ショウは聞こえないふりをして聞いた。胸の奥が静かに凪いでいくのがわかった。

夜、素振りで疲れた体を横たえながら、ショウは国境の向こうの話をするリオの声に、いつものように耳を傾けた。話の真偽よりも、その低い声を聞いている時間そのものが、疲れた体にはちょうどよい重さで沈んでいった。

いつの間にか、背丈はリオの胸のあたりまで伸びていた。日に焼けた肌に、木刀の握りで固くなった手のひら。前の生の面影は、もうどこにも残っていなかった。それでも、擦り傷の治りだけは、他の子どもたちよりいつも幾分か早かった。誰もそれを気に留めなかったし、ショウ自身も、深く考えたことはなかった。

界暦六千五十年を過ぎたある朝、まだ朝市の支度も始まらない時刻、ショウはいつもより早く広場に出た。人けのない広場は、乾いた朝の匂いだけがしていた。誰もいないことを確かめてから、ひとり素振りを繰り返した。振り上げ、踏み込み、振り下ろす。木刀の先が空を切る音だけが静かな広場に響いていた。何度目かの振り下ろしを止めたとき、乾いた土を踏む足音が背後から近づいてきた。振り返る前に、声がかかった。

夜明けの広場でひとり素振りをするショウに、背後から人影が近づく場面

「お前、構えが素人じゃないな」

(第6話「群発の夜」へ続く)

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