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第一部『希望の灯』

ツキノワ 第8話「試し打ち」

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槌の音が近づいたり遠のいたりしながら、ずっと耳の奥で鳴っていた。体は鉛のように重く、指先の感覚すらうまく掴めなかった。それでも、その音だけを頼りにショウは闇の中を這い続けた。

どれほど這ったのか、わからなかった。ふと、明かりが揺れているのに気づいた。灯りを頼りに近づくと、岩壁に囲まれた広場にいくつもの炉が赤く灯っていた。

意識がそこで途切れた。

◆

目を覚ましたとき、見知らぬ天井があった。体を起こそうとして、思うように力が入らないことに戸惑った。指は太く、節くれ立っている。以前よりもずっと低い位置に、自分の視界があった。

——また、生まれ直したのだ。

その事実を飲み込むより先に、関節の重さと息の上がりやすさが体そのものから伝わってきた。赤子ではなく、ある程度育った子どもの体らしかったが、前の生の記憶がどれだけ鮮明でも、この体の動かし方そのものは、まだ何も覚えていない赤子と変わらなかった。這うようにここまで辿り着けたのも、山育ちの体が持つ地力ゆえだったのだと、後になって知った。

「起きたか」

声のするほうを見ると、がっしりとした体躯の男が腕を組んで立っていた。無骨な顔に、値踏みするような鋭い目があった。

「珍しいこともあるもんだ。……こんな時分に独りで山を登ってくるとはな」

「行く当てがない。ここで何か学べることは」

ショウが掠れた声で答えると、男はしばらく黙って見つめてきた。それから、短く笑った。

「なら、試し打ちからだ。お前の値打ちは俺たちが打って確かめてやる」

それがガドンだった。鍛冶組合の親方であり、この山における作法の番人。周りに立っていた職人たちが、無言のままショウを上から下まで眺め回していた。誰も歓迎の言葉はかけてこなかった。ただ、追い払おうともしなかった。それだけで十分だった。

翌日、体がどうにか動くようになると、ショウは詰所の裏手にある鍛冶場へ連れて行かれた。真っ赤に灼けた鉄塊が、金床の上に置かれていた。

「打ってみろ」

渡された槌は見た目よりずっと重かった。振り下ろすと、手首に痺れるような衝撃が返ってきた。狙った場所からは大きく外れた。

灼けた鉄塊に槌を振り下ろすショウを、ガドンが値踏みするように見つめる

「話にならんな」

ガドンはそう言いながらも、笑ってはいなかった。むしろ、何かを見定めるような目でショウの手元を見ていた。

「もう一度だ」

ショウは槌を持ち直した。腕の震えは、まだ収まっていなかった。それでも、狙いだけはさっきよりわずかに定まった。

「己の出来は己では確かめられん」

槌を振るう合間に、ガドンが言った。

「だから、他人の手を借りて確かめる。それが試し打ちだ。……お前の腕も、いずれ誰かが確かめてやる」

その日から、ショウは鍛冶組合の下働きとして、詰所の片隅に居場所を与えられた。ふいごを動かし、炭を運び、他の職人たちの槌の音を朝から晩まで聞き続けた。慣れない体は、夜になると泥のように寝床へ沈み込んだ。

来る日も来る日も、金床の前に立たされた。狙いを外し、鉄塊を歪ませ、火傷の跡を腕に増やしながら、ショウは少しずつ槌の重さに体を慣らしていった。他の職人たちは、初めのうちこそよそ者を遠巻きに見ていたが、ショウが黙々と槌を振り続ける姿に、いつしか声をかけてくるようになった。

「お前、覚えが早いな」

年嵩の職人の一人が、そう言って握り方の癖を直してくれたことがあった。教わったことを一つ試すたび、ショウの手元は少しずつ狙いを外さなくなっていった。

ある夜、ガドンがショウの打った鉄片を灯りにかざして眺めていた。歪みは、まだ残っていたが、以前よりはずっとましだった。

「悪くない。……筋はいいのかもしれん」

ガドンはそれだけ言うと、鉄片を無造作に工具箱へ放り込んだ。褒め言葉らしい響きは、どこにもなかった。それでも、その一言に、ショウは体の芯がわずかに軽くなるのを感じた。

半年が過ぎた頃、ショウは初めて自分の名で打った短刀を、組合の全員の前に差し出すことになった。試し打ちの作法に則り、その出来を確かめるのは、ショウ自身ではなく居合わせた職人たちだった。刃を検分する手、柄の握り具合を確かめる手が次々と回された。

「悪くない」「まだ粗いが、筋は通ってる」

口々に交わされる評は、辛辣なものも多かった。それでも、突き返されることはなかった。最後に短刀を手にしたガドンは、刃の反りをしばらく無言で見つめた。

「銘を刻んでいい出来だ」

ショウが打った短刀の刃を無言で見つめるガドンと、見守る職人たち

その一言で、詰所の隅がどよめいた。よそ者だったはずのショウは、その日から名実ともに鍛冶組合の一員として数えられるようになった。

◆

季節が幾度か巡り、槌を握る手にもようやく馴染みが出てきた頃だった。ある日、坑道の入り口に見覚えのある影が立っているのに気づいた。

体つきは、以前とはまるで違っていた。がっしりとした、ドワーフの体格。それでも、こちらを見る目の色、差し出された手の握り返す強さだけは忘れようもなかった。

「また会えたな」

まるで、数年ぶりの立ち話でもするような、あっさりとした口ぶりだった。ショウは、その再会がどれほどの奇跡なのかうまく言葉にできなかった。ただ、胸の奥がじんわりと熱を持つのを感じていた。

「今度はどこを歩いていたんだ」

ショウが聞くと、リオは決まり悪そうに笑った。

「山の外の空気を少し吸いに行っていた」

その答え方だけは、どの姿になっても変わらなかった。ショウはそれ以上、何も聞かなかった。ただ、握り返された手の力の強さに、これまでとは違う体でも確かに同じ相手だと、あらためて思い知らされた。

「妙な体だな、それは」

リオがショウの太い指を面白がるように眺めた。

「お前こそ」

ショウが言い返すと、リオは声を立てて笑った。その笑い方だけは、人間だった頃と寸分違わなかった。

炉の炎を挟んで固く握手を交わす、ドワーフの姿となったショウとリオ

炉の炎が、二人の影を岩壁に長く伸ばしていた。ガドンが離れた場所から、その様子を腕を組んだまま眺めていた。

「知り合いか」

「……遠縁の、兄のような人だ」

ショウがそう答えると、ガドンはふっと目を細めた。それ以上は何も聞いてこなかった。ただ、槌を担ぎ直しながら、ぼそりと呟いた。

「変わった山だ。……変わった奴らばかり集まってくる」

それからも、リオは相変わらず気ままに姿を消しては、何ごともなかったように戻ってきた。数日のこともあれば、季節をまたぐこともあった。戻ってくるたび、詰所の誰かが「また戻ったか」と声をかけ、リオは決まって同じ調子で笑い返した。ガドンだけはその出入りに何も言わず、ただ、リオが戻る日にはいつもより少しだけ多く酒を用意させた。

槌を振るう年月が積み重なるにつれ、ショウの打つ刃は次第に組合の中でも名が知られるようになっていった。それでも、腕を認められるほどにガドンの評は以前にも増して辛くなった。

「一本仕上げたくらいで、いい気になるな。……お前の槌はまだ半分も本気を出していない」

そう言われるたび、ショウは悔しさよりも先に、次の一打を確かめたくなる自分に気づいた。それは、かつて広場で木刀を振っていた頃とよく似た感覚だった。

その夜、詰所の隅で槌の手入れをしていると、若い職人の一人が声をひそめて話しかけてきた。

「西の火床跡、知ってるか。……近ごろ様子がおかしいらしい」

「何がだ」

「とっくに冷え切っているはずの岩の奥から、妙な熱が漏れているんだと。古株の連中も、首を傾げるばかりで」

その話は、詰所のあちこちでぽつぽつと囁かれるようになっていた。誰も確かめに行こうとはしなかった。ただの言い伝えだと笑う者もいれば、火床跡には近づくなと真顔で言う古株もいた。

ショウはその話を聞きながら、胸の奥に覚えのある感触が兆すのを感じた。理由のわからない胸騒ぎだった。手元の槌を握る指に、無意識に力がこもった。

(第9話「篝火」へ続く)

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