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第一部『希望の灯』

ツキノワ 第14話「北へ」

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——その魂は、もう一度ここへ紡ぐには、あまりに遠くまで来てしまっている。ここでは戻せない。だが行き先ならば、変えられるかもしれない。

風のような声が、そう告げた。音というより、直接頭の奥に染み込んでくる響きだった。ショウはその響きの意味を何度も繰り返してから、ようやく掠れた声を絞り出した。

「行き先を変える……?」

ショウは息を止め、次の言葉を待った。

「お前が今いるこの場所には戻せない。だが、もっと北へ——鏡と氷の地へなら。そこでなら、もう一度光を灯せるかもしれない」

ショウの声ははっきりとしていた。

「それでいい。どんな姿でもいい。もう一度、この世界に立たせてやってほしい」

答えは、それ以上の言葉を持たなかった。ただ、ショウの中に長くわだかまっていた哀しみの重さが、ほんの少し軽くなった気がした。指先に、ようやく感覚が戻ってきた。

周囲の気配は、それきりまた静まり返った。ショウはしばらくその場に座り込んだまま動けなかった。渇いた喉から水を求める気力すら、まだ湧いてこなかった。それでも、来た道をもう一度戻らなければならないことだけは、はっきりとわかっていた。

◆

森を出たとき、ショウはリオがもうこの森にはいないことを確信していた。次に会えるのは、きっと北の地でのことだろう。

ローエンのもとへ戻ると、見張り所の前でローエンがじっと待っていた。何日も帰りを待ち続けていたのだろう、その顔には深い疲れが刻まれていた。

ローエンは何も聞かずに、ただ痩せ細ったショウの肩を一度だけ強く叩いた。

「……よく戻ってきた」

それだけだった。ショウはその一言に、ようやくまともに息を吐けるようになった。差し出された水を両手で包むように受け取り、少しずつ口に含んだ。

年月はさらに流れた。エルフの長い生の中でも、ショウの声からは、かつてのような伸びやかさが失われつつあった。歌合の会の若手たちは、いつの間にかショウを「古参」と呼ぶようになっていた。かつて「渡り鳥」と呼ばれた組み合わせの片割れが、もう一人ではないことを、誰も口にはしなかった。

夜、見張り台に立つたび、ショウは隣に誰もいない気配にいまだに慣れずにいた。ただその寂しさを埋めるように、若い歌い手たちの稽古に付き合う時間が、少しずつ増えていった。

「古参は、あまり厳しいことを言わないな」

若手の一人が、そう軽口を叩いたことがあった。ショウはそれに、ただ短く笑い返した。ガドンやローエンほど厳しくはなれない自分を、ショウ自身よくわかっていた。

界暦六千八百年頃、北から一人の旅人が森を訪れた。疲れ果てた様子で、鏡守の会からの言伝を携えていた。

旅人はそう言い終えると崩れるように、その場に座り込んだ。差し出された水を震える手で受け取り、一気に飲み干した。

「渦の淵に近い北の地で、まもの——曇りと呼ばれるそれ——の出現が、ここ数十年で目に見えて増えているという。今すぐにどうにかなるという話ではないが、この調子が続けば、いずれ鏡守たちだけでは手に負えなくなる。その前に、力を借りたい、と」

ショウはその報せを聞いて、迷わなかった。

「北へ行こう」

言葉にした瞬間、これまで積み上げてきた森での日々が急に遠いものに感じられた。それでもその声には、震えひとつなかった。

ローエンは一度だけ、ゆっくりと頷いた。

「歌合の会からも、伝えるべきことは伝えておく。……次は、どんな声で歌を届けに来るつもりだ?」

ショウは答える代わりに、ただ深く一礼した。手合わせで交わした礼でも、試し打ちの信頼でもない、この森で覚えた、歌の名残を聴き合う沈黙の間を長く取ってから。

それがローエンと交わした最後の言葉になった。

◆

北へ向かう支度を進める間、ある冬の朝、ローエンはいつもの見張り所で座ったまま、静かに息を引き取った。発見したのは、いつも通り朝の交代に来た若い番人だった。長い生の終わりだった。第七連の禁を守り続けたその生涯は、後継の番人へと引き継がれた。

報せを受けたショウは、その場に立ち尽くした。指先から力が、すっと抜け落ちていった。ガドンを見送った日と同じ場所が、胸の奥でまた同じように軋んだ。今度ばかりは、その隣に寄り添ってくれる者はいなかった。

見張り所に安置されたローエンの亡骸は、まるで今にも起き上がって「第七連には触れるな」とまた釘を刺しそうな、静かな顔をしていた。ショウはその顔を長い間見つめていた。

見張り所で静かに息を引き取ったローエンの顔を、長い間見つめるショウ

弔いは森の作法に則り、木々に囲まれた見張り所の裏手で静かに執り行われた。歌合の会の誰もが涙を見せなかった。ただ、集まった一人ひとりが順に前へ出て、ローエンの亡骸の前で深く長い一礼を捧げていった。哀しみを一人で抱えながら、ショウは北の地で待っているはずのもう一つの魂のことを静かに思った。

後継の番人は若く、まだ多くを知らなかった。ショウは旅立つ前の日々を、その若者に見張りの仕組みと歌合の会との連携の作法を伝えることに費やした。

「ローエン様は、最後まで何も語らずに逝かれました」

若い番人が、ある夜ぽつりとそう漏らしたことがあった。

「あの人は、いつもそうだった。語らない代わりに、長くそこに立ち続けた」

ショウがそう答えると、若者はしばらく黙り込んでから、深く頭を下げた。

「……私に務まるでしょうか」

「務まる務まらないの話じゃない。ただ、そこに立ち続けるかどうかだ」

夜の見張り所で、若い後継の番人に見張りの仕組みを伝えるショウ

若者はその言葉を何度も口の中で繰り返すように頷いた。ショウはそれが、かつてガドンに言われた言葉とよく似た響きを持っていることに、口にしてからようやく気づいた。

東の森に築いた仕組みを次の世代へ引き継ぎ、歌合の会との連携を絶やさぬための備えには、なお長い歳月を要した。後継の番人との間に、ローエンと築いたのと同じだけの信頼を一から結び直す時間でもあった。谷から谷へ渡る歌の節も幾度か見直され、以前よりずっと誤りにくい形へと整えられていった。ある嵐の夜、若い番人が届いた合図を迷わず正しく読み解いてみせたことがあった。ショウはその様子に、かつて自分がガドンから受け取った評——悪くない、筋はいいのかもしれん——という一言を静かに思い出した。

ショウがようやく森を発つ支度を終えたのは、北からの報せを受けてから幾十年もの歳月が過ぎた頃だった。荷物の中には、リオが好んで弾いていた小さな楽器が大切に包まれていた。

界暦六千九百十九年、ショウは北の地を目指し森を発った。見送りに出た歌い手たちの歌声が、しばらく背中を追いかけてきた。曲は、いつか祭で聴いた勝敗のあとに交わす沈黙を歌にしたような、静かで長い調べだった。

長い年月を過ごした森の境界を越えるとき、ショウは一度だけ振り返った。木々の隙間から差す光は、初めてこの森に足を踏み入れた日と何も変わらない揺らぎ方をしていた。それを確かめてから、ショウは二度と振り返ることなく北へと続く道を歩き出した。

長く過ごした森を一度だけ振り返り、冷たい北の道を歩き出すショウ

道は次第に、これまで見たどの景色とも違う色を帯び始めた。空気は乾き、日を追うごとに冷たくなっていった。息を吐くたび、白い塊が目の前をふわりと漂った。地面を覆う霜が、歩くたびにかすかな音を立てて砕けた。

荷物の中の楽器を、ショウは時折指先で確かめた。冷えた木の感触だけが変わらずそこにあった。

(第15話「氷の回廊」へ続く)

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