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第一部『希望の灯』

ツキノワ 第17話「四里の盟」

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四つの方角から、四つの一団が氷の回廊を抜けてきた。

先頭を歩くドワーフの使者からは、炭と鉄の匂いがまだ旅装にしみついていた。その後ろに続くエルフの一団は、歩みの合間に低く短い節を口ずさんでいた。最後に到着したのは、人懐こい笑みを絶やさない人間の代表団だった。ショウは詰所の窓から、その三つの気配が次々と氷の回廊に吸い込まれていくのを見ていた。窓ガラス代わりの薄氷に、それぞれの一団の影が歪みながら映り込んでいた。

氷の回廊を抜けてくる四つの里の使者たち

「揃いましたね」

ミシャラが隣で、静かにそう言った。

「はい。……揃いました」

ショウの声は、思っていたより掠れていた。

リオが後ろから、ショウの背をひとつ叩いた。

「感慨に浸るのは、まだ早いぞ。式典が終わるまでは」

「わかっている」

そう答えながらも、ショウの視線は氷の回廊を歩く三つの一団から離れなかった。ドワーフの太い足音、エルフの静かな足取り、人間たちの賑やかなざわめき——それぞれの歩き方の癖まで、ショウには懐かしいものとして目に映った。

◆

界暦六千九百九十九年、鏡守の会の広間に四つの里の使者たちが並んだ。ドワーフの鍛冶組合を代表する太い腕の男、エルフの歌合の会を代表する若い歌い手、人間の手合わせ衆を代表する快活な若者。そして北の鏡守を代表するミシャラ。四人はそれぞれの旗を、広間の柱に立てかけた。

広間には、四つの里から届いた贈り物が所狭しと並べられていた。西からは精巧な細工の狼煙筒。東からは谷の木で作られた小さな楽器。人間の里からは旅の携行に適した頑丈な革袋。北からは当然のように、幾つもの手鏡が用意されていた。ショウはそれらを見渡しながら、四つの地それぞれで過ごした年月の重みを、あらためて数え直していた。

「今日、ここに集まっていただいたのは」

ミシャラが広間の中央に進み出て、そう切り出した。声はこれまでショウが聞いたどの場面よりも張りがあった。普段の落ち着いた物腰からは想像もつかない、よく通る声だった。

「それぞれの里が、それぞれの仕組みでまものに立ち向かってきました。けれど、これからは四つがひとつになって、互いを見張り知らせ合う。……そのための盟を、ここに結びたいと思います」

ドワーフの代表がまず深く頷いた。エルフの歌い手がそれに続いた。人間の若者は隣に立つ仲間と小さく目配せを交わしてから、口元を引き締めた。

「名は、決まっていますか」

人間の代表がそう尋ねた。ミシャラはショウの方を一度だけ見た。

「四里の盟。……それが、私たちの選んだ名です」

その一言が広間に読み上げられた瞬間、誰かが小さく息を呑む音がした。それから拍手でも歓声でもない、深く長い沈黙が広間を満たした。柱に立てかけられた四つの旗が、隙間風もないのにわずかに揺れたように見えた。ショウはその沈黙の重みを体の芯で受け止めた。

「まものが現れても、もう誰も一人では戦わない」

ミシャラが続けた。

「里から里へ、灯が——篝の網が夜通し互いを見張り、知らせ合う。誰かが遅れれば、誰かが駆けつける。それだけの約束です」

ドワーフの代表が太い声で言った。

「単純な約束だな」

「単純だからこそ、ここまで遠回りをしたのでしょう」

ミシャラがそう返すと、代表は豪快に笑い声を上げた。それにつられるように、広間全体にようやく笑いが広がった。

エルフの歌い手が進み出て、旗を柱に固く結びつけた。

「歌合の森からも、正式に。……ローエン様が生きておられれば、真っ先に名を連ねたはずです」

その名前に、ショウは一瞬息を止めた。ローエンの寡黙な佇まいが、ふいに目の奥に浮かんだ。人間の若者も続けて頭を下げた。頭を下げる直前、軽く肩をすくめて口の端を上げる、その一連の仕草に、ショウは覚えのある癖を見た気がした。

「手合わせ衆一同、この盟に加わります。……こんな日が来るとは、正直思っていませんでした」

その口ぶりまで、どこか懐かしかった。「馬鹿げてる。……だが、悪くない話だ」——瓦礫の上で聞いた、あの日のジンの声が、遠い記憶の底から静かに重なった。

「思っていなくても、来るものは来る」

ドワーフの代表が快活にそう返すと、若者は照れくさそうに頭をかいた。四つの旗が広間の柱にそれぞれ立てかけられていく様を、ショウは長い間、瞬きもせずに見つめていた。

四里の盟の名を読み上げるミシャラ

◆

式のあと、四つの里の代表たちはそれぞれに酒杯を交わし、夜更けまで語り合った。ドワーフの代表とエルフの歌い手が、互いの里の作法の違いを身振り手振りで語り合っている様が、少し離れた場所からでも見て取れた。人間の若者はその間を、酒杯を配って回りながら忙しなく行き来していた。ショウはその輪の端で、リオと並んで座っていた。

「お前が最初に言い出した言葉が、ここまで来たな」

リオが杯を傾けながら、そう言った。

「里ごとに戦うだけでは足りない、と言った、あの瓦礫の上のことか」

「ああ。あの時は、ジンでさえ半信半疑だっただろう」

ショウは杯の中身を見つめながら、小さく笑った。エドニマウの瓦礫、ガドバルムの鍛冶場、歌合の森、氷の回廊——渡り歩いてきた土地の匂いが順番に、鼻の奥をかすめていく気がした。焦げた木の匂い、鉄と炭の匂い、湿った土の匂い、そして今この広間を満たす酒精と灯りの匂い。どれも忘れようのないものだった。

「疲れたか」

リオが横から、そう聞いてきた。

「疲れた。……だが悪くない疲れだ」

「なら、今夜くらいはゆっくり休め」

ショウはその言葉に素直に頷いた。長旅の疲れが、ようやく肩の力を抜くことを許してくれた気がした。

リオはそれだけ言うと、ショウの肩に杯を軽く当てた。硬い音が、賑わう広間の喧騒にすぐに紛れて消えた。

「これで、終わりだと思うか」

ショウがふと、そう漏らした。リオは杯を傾ける手を一瞬止めた。

「終わり、というのは」

「わからない。……ただ、何かがまだ足りない気がする」

リオはそれにすぐには答えなかった。しばらく杯の中身を見つめてから、静かに口を開いた。

「足りないと感じるうちは、まだ続きがあるということだろう」

その一言に、ショウはうまく言葉を返せなかった。ただ杯を握る手に、無意識に力がこもった。

祝いの宴が更けていく中、ショウは一人、広間を抜け出した。鏡守の会の裏手には代々受け継がれてきたという古い水鏡があるのだと、以前ミシャラから聞かされていたことを思い出したからだった。

裏手の小さな祠に、その水鏡はあった。凍りついていない、不思議なほど澄んだ水面が、金色を帯びた月明かりを受けて静かに揺れていた。祠の中は、外の喧騒が嘘のように静まり返っていた。ショウはしばらくその静けさに耳を澄ませてから、水面にそっと顔を近づけた。

映っていたのは、見慣れたミラビトの顔だった。細い輪郭、深く落ちくぼんだ目。九百九十九年分の旅の埃を、どこかにまだ纏っているような顔だった。ショウはその顔を指先でそっとなぞるように、水面に触れかけた。

指先が水面に触れる、その寸前——奥にほんの一瞬、別の顔が重なって見えた気がした。丸い目。角のない輪郭。もう何百年も前に、灯の消えた里の外れで手放したはずの、最初の器の顔だった。

水鏡に一瞬重なって見えた最初の器の顔

ショウは思わず、水面から顔を離した。心臓が耳の奥で、ひとつ大きく跳ねた。もう一度恐る恐る覗き込んだときには、そこにはいつものミラビトの顔しか映っていなかった。

喉の奥が、からからに渇いていた。祠の外からは、まだ祝いの喧騒が遠く微かに届いていた。ショウはその音に誘われるように広間へ戻ろうとしたが、足はしばらく祠の敷居から動かなかった。水面に映った自分の顔を、もう一度だけ確かめずにはいられなかった。

風もないのに、水面が一度だけ大きく揺れた。

(第18話「凪の底」へ続く)

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