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第二部『狂乱の黒炎』

ツキノワ 第21話「水鏡の顔」

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明け方近く、詰所の喧騒が一段落しても、ショウは眠気を感じなかった。氷の回廊を伝い、鏡守の会が守る水鏡の間へ、気づけば足が向いていた。

大きな氷盤に張られた水面が、鈍い月明かりを映して静かに揺れていた。覗き込むと、最初はそこに自分の顔があった。屋根の破片でついた頬の小さな傷を、確かめようとした瞬間だった。水面が、波紋一つ立てずに歪んだ。

映っていたのは、また同じ貌だった。マニャだった頃の、最初の器の顔。祝宴の夜に一瞬だけ見たときより、今は輪郭がはっきりしていた。唇が、何かを紡ぐように動いた気がした。声は、なかった。

水鏡に映る、マニャだった頃の器の貌

「……何を」

ショウは、思わず後ずさった。水面はすぐに凪ぎ、そこにはまた自分の顔だけが映っていた。

◆

「顔色が悪いようですが」

水鏡の間を出たところで、若い鏡守の一人に声をかけられた。ショウは、なんでもないというように首を振った。

「少し、眠れていないだけだ」

若い鏡守はそれ以上は聞かず、伝令の続きへと戻っていった。

◆

その日の昼、常駐の駐在武官たちを交え、鏡守の会の一室で話し合いが持たれた。議題は、黒炎の発生源とされる南の方角、そしてそのさらに奥にあるという渦の淵についてだった。

「渦の淵が曇りの発生源だというのは、これまでの通説に過ぎません」

年配の鏡守の一人が、そう切り出した。

「では、黒炎はどこから」

「分からない、というのが正直なところです」

ミシャラが、静かにそう答えた。

「九百年、私はあの奥を守ってきた。だが、奥について何かを知っているかと問われれば……何も、と答えるほかない」

一室に、重い沈黙が落ちた。誰もそれ以上を口にできなかった。

鏡守の会の一室、重い沈黙が落ちる評議の場

◆

話し合いを終えて詰所へ戻る道すがら、ショウは水鏡に映ったあの貌のことを、誰にも話さなかった。話したところで、何が変わるとも思えなかった。

「浮かない顔だな」

雪道を並んで歩くショウとリオ

リオが、隣に並んで歩きながら言った。ショウは、束の間の沈黙のあと、小さく首を振った。

「……いや、何でもない」

嘘だとは、自分でも分かっていた。だが今は、それを言葉にする術を、まだ持たなかった。

(第22話「誰が南へ」へ続く)

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