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第二部『狂乱の黒炎』

ツキノワ 第22話「誰が南へ」

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一室に落ちた沈黙は、思いのほか長く続いた。破ったのは、南方の見張りから戻ったばかりの若い鏡守だった。

「南の氷原で、獣の目撃が急に増えています。……曇りとは、様子が違うと」

「違う、とは」

ミシャラが問い返す。若い鏡守は、言葉を選ぶように一度目を伏せた。

「群れて動くのだそうです。曇りは、いつも一頭で這うように現れる。それが、まるで示し合わせたように、南から北へ這い上ってくると」

一室の空気が、また重くなった。年配の鏡守が地図を広げ、南の氷原の奥、誰も描き切れていない空白の一帯を指でなぞった。

「この先には、灯の民の遺跡があったと伝わっています。今はもう、無人の地」

「灯の民、ですか」

ショウが問うと、老いた鏡守は小さく頷いた。

「大昔、南の果てで焦げの時の封印を守っていたという一族です。……もう何百年も、生きているという話を聞きません」

ミシャラは、しばらく黙って地図を見つめていた。

「黒炎の出どころが、あの方角だとすれば……行って、確かめるしかない」

「調査隊を?」

「四里の盟として。西・中央・東からも、人を出してもらう」

同席していた西の鍛冶組合、中央の手合わせ衆、東の歌合の会——各里から常駐する駐在武官たちが、重々しく頷いた。四つの里が、また一つになって動き出す。その実感が、一室に静かに満ちていった。

その場に、また沈黙が落ちた。誰も口を挟まなかった。ややあって、それを破ったのはリオだった。

「俺も行く」

短く、それだけだった。だが、いつものぶっきらぼうさとは、どこか違う響きがあった。ミシャラが目を上げた。

「志願は歓迎するが……理由を聞いても?」

「理由なんかあるか。お前らだけじゃ、心配だからだよ」

いつもの口調に戻って、リオは笑ってみせた。だが、笑う直前の一瞬——ミシャラの視線をまっすぐ受け止めるより先に、リオの目が一度、南の窓の外へ逸れたのを、ショウは見た。

笑みの裏に緊張をのぞかせるリオ

◆

会議を終えて廊下に出ると、リオは先に歩き出していた。ショウは、その背に問いを重ねようとして、結局やめた。

「お前も、行くんだろ」

振り返らずに歩くリオと、その後ろを歩くショウ

リオが、振り返らずに言った。

「……当たり前だ。お前が行くなら」

「だろうな」

それだけで、リオは笑ったようだった。ショウには、その笑いの輪郭が、いつもよりわずかに硬く見えた。

◆

その夜、詰所の窓辺で、ショウは一人、南の空を見上げていた。月は変わらず金色に輝いていたが、その縁に走る亀裂だけが、以前よりわずかに深くなっている気がした。

窓辺で亀裂の入った金色の月を見上げるショウ

——行かせてくれ、ではなく、行く。

リオの言葉を、ショウは何度も思い返した。理由を問われる前に、答えを決めていたような口ぶりだった。何を心配しているのか、それとも何を、確かめたいのか。

答えの出ない問いを抱えたまま、ショウは窓を閉めた。南へ向かう調査隊の出立は、三日後に決まっていた。

(第23話「南へ続く夜」へ続く)

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