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第二部『狂乱の黒炎』

ツキノワ 第28話「差し込む影」

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北への帰路も半ば、四里の盟へ送った急報の返答を待つ間、影の群れは、ついに正面から姿を現した。数十を数える黒い影が、荒れた岩地の向こうから、一斉に押し寄せてきた。

「来る! 構えろ!」

カイが叫び、剣を抜いた。ミシャラが手鏡を掲げ、ショウが剣を構えた。リオも、いつものように短剣を抜いた。四人は、背を寄せ合うように陣を組んだ。

押し寄せる影の大群を前に、背を寄せ合って陣を組むリオとショウ

◆

戦いは、これまでのどの遭遇とも違った。影は、統率された動きで四人を囲み、一体ずつではなく、波のように押し寄せてきた。ショウの剣が、幾つもの影を払っても、押し寄せる勢いは弱まらなかった。

「くそ、多すぎる!」

カイが叫んだ。ミシャラの鏡が放つ光が、影の一部を退けたが、それも一時のことだった。

その最中、リオの短剣が、いつもと違う軌道で振られたことに、ショウはすぐには気づかなかった。

◆

「リオ、後ろだ!」

ショウが叫んだ、その直後だった。リオの体が、ショウに背を向けたまま、静かに止まった。

「……リオ?」

振り返ったリオの目は、深紅ではなかった。奥深くまで、黒く塗り替えられていた。

「悪いな」

振り返ったリオの目が深紅ではなく黒く染まっている、裏切りの瞬間

いつもの声だった。だが、そこに宿るものは、まったく違っていた。リオの短剣が、次の瞬間、ミシャラへ向かって振り下ろされた。

「っ——!」

ミシャラは、かろうじて鏡でその一撃を受けた。金属が擦れる、鋭い音が響いた。カイが、信じられないという顔で立ち尽くした。

「おい、リオ、何やって……!」

「リオじゃない、って言ったら、信じるか」

低く笑うその声に、ショウは動けなかった。剣を構えることも、名を呼ぶことも、できなかった。目の前にいるのは、これまで数百年をともに歩んできた、あのリオの顔をしていた。それなのに、何もかもが、違っていた。

◆

「……なぜだ」

ようやく漏れた声は、自分でも驚くほど小さかった。リオは、その問いに答えなかった。ただ、黒く染まった目で、ショウを一瞬だけ見つめた。そこに浮かんだのが、憎しみなのか、それとも別の何かなのか、ショウには読み取れなかった。

「また会おう。……お前が、殺す気になったらな」

それだけ言って、リオは影の群れの中へ、身を投げるように駆け出した。追おうとしたショウの足は、動かなかった。剣を握る手だけが、震え続けていた。

影の群れへ駆け去っていくリオの後ろ姿と、立ち尽くすショウ

◆

影の群れが引いたあと、荒れた岩地には、四人ではなく三人が残された。ミシャラは肩の傷を押さえながら、南の空を睨んでいた。カイは、剣を握ったまま、言葉を失っていた。

ショウは、リオが駆け去った方角を、いつまでも見つめていた。愛した者の目に、あの黒い色が浮かんだ瞬間から、何が変わってしまったのか。答えは、まだどこにもなかった。

ただ、これまでのどの戦いより深い喪失だけが、ショウの中に、静かに、重く残り続けていた。

(第29話「絶やさぬ灯」へ続く)

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