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第二部『狂乱の黒炎』

ツキノワ 第33話「届かなかった声」

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第七連を使わないと決めたあと、四里の盟が選んだのは、これまでの仕組みそのものを、かつてない規模で束ねることだった。西の狼煙、中央の伝令、東の歌、北の鏡――四つの力を、氷の回廊の外縁一帯に張り巡らせ、一つの大きな結界として編み上げる。ミシャラが、その要となった。

「九百年、渦の淵を見てきた。……その全部を、今日、注ぎ込む」

ミシャラの声に、迷いはなかった。

◆

二度目の奔流は、一度目よりもさらに大きかった。地の底から湧き上がるような黒い波が、氷の回廊を目指して押し寄せた。四里の戦士たちが前線で持ちこたえる間に、後方では歌い手たちが声を合わせ、鏡守たちが手鏡を掲げ続けた。鏡の光が狼煙の煙を映して幾筋もの網目を織り成し、その隙間へ歌の旋律が魔力として編み込まれていく。伝令たちは、その広がっていく陣形を繋ぎとめるように、休みなく境界の外周を走り抜けた。光の筋が幾重にも重なり、結界の骨組みが、少しずつ形を成していった。

「あと少しだ、持ちこたえろ!」

カイが叫びながら、前線で剣を振るい続けた。傷だらけの体は、もう限界に近かった。

◆

結界が完成に近づいたその時、群れの中から、また一体の影が、迷いなくこちらへ向かってきた。

「リオ!」

ショウは、剣を構えて前へ出た。今度は、迷わなかった。だが、交わした剣先の向こうにある目は、これまでで最も深く、黒く染まっていた。

「悪いが……お前に付き合ってる暇は、俺にもない」

短くそう言うと、リオは剣を引き、結界の要――ミシャラのいる方角へ、一直線に駆け出した。

「させるか!」

ショウが追ったが、間に合わなかった。リオの剣先が、ミシャラへ届く寸前、割って入ったのはカイだった。傷だらけの体で受け止めた一撃に、カイが吹き飛ばされた。

「カイ!」

その隙に、結界の光が、ついに一帯を包み込んだ。

◆

眩い光とともに、黒炎の奔流が、地の底へ引き戻されるように後退していった。悲鳴のような唸りが、地鳴りとなって遠ざかっていく。

その渦の中に、リオの背があった。

「リオ、こっちだ! 手を、伸ばせ!」

ショウは、光の中へ腕を伸ばした。指先が、一瞬、リオの袖に触れた気がした。だが、それだけだった。渦の勢いが、リオの体を、そのまま奔流の奥へと引きずり込んでいった。

「リオ! 待て、リオ……!」

声を限りに呼んだ。だが、応えは返らなかった。奔流はやがて、地平の向こうへ完全に呑み込まれ、あとには、静まり返った氷原だけが残された。

◆

結界は、持ちこたえた。四里の盟は、黒炎の奔流をひとまず押し返すことに成功した。誰もが、そのはずだった。

だが、勝ったという実感を、その場の誰も持てなかった。少し離れた場所では、ミシャラが血だらけのカイを抱き起こし、その息がまだあることを確かめていた。ショウは、光が消えたあとの虚空を、ただ、いつまでも見つめ続けていた。伸ばした指先には、まだ、あの一瞬の感触だけが残っていた。届かなかった声だけが、いつまでも耳の奥にこだまし続けていた。

(第34話「欠けた月の輪」へ続く)

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