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第二部『狂乱の黒炎』

ツキノワ 第34話「欠けた月の輪」

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黒炎の奔流が退いてから、半月が過ぎた。氷の回廊の外縁には、四里の力を束ねた結界の跡が、淡い光の筋となって今もかすかに残っていた。負傷者の手当てが一段落し、四つの里から集った戦士たちは、それぞれの故郷へ帰り始めていた。

「また、いつでも駆けつける」

カイが、まだ包帯の残る肩をさすりながら、そう言い残して南への道を戻っていった。その背に、以前ほどの軽さはなかったが、確かな芯だけは変わらずにあった。

◆

夜、ショウは相変わらず水鏡の間へ足を運んでいた。氷盤に張られた水面は、あの夜からずっと、疲れた自分の顔しか映さなかった。

「……何も、映らないままか」

呟いても、答える波紋はなかった。それでも、ショウは通うのをやめなかった。手がかりがなくとも、通い続けることだけが、今できる唯一のことだった。

◆

「まだ、来ているのか」

ある晩、水鏡の間の入り口で、ミシャラが声をかけた。ショウは、小さく頷いた。

「他に、できることがない」

「そうか」

ミシャラは、それ以上何も言わず、ただ隣に並んで水面を見つめた。長い沈黙のあと、ぽつりと言った。

「私も、渦の淵を九百年見てきたが……今回のことで分かったのは、我々がまだ、あの奥について、ほとんど何も知らないということだけだ」

「灯の民のことも、第七連のことも」

「ああ。全部、輪郭を撫でただけで終わった」

「そういえば……古い記録の隅に、一度だけ『調律者』という言葉を見た覚えがある。それが何なのかも、結局分からずじまいだ」

ミシャラが、ふと思い出したように付け加えた。その声には、悔しさよりも、静かな諦観に近いものが滲んでいた。

◆

夜空を見上げると、金色の月に走った亀裂は、あの日から少しも塞がっていなかった。むしろ、以前よりわずかに深くなっているようにさえ見えた。

「あの亀裂が塞がる日が、来るのだろうか」

ショウが漏らすと、ミシャラは首を振った。

「わからない。……だが、亀裂が残っている限り、私たちはまだ、終わっていないということだ」

その言葉に、ショウは何も返せなかった。ただ、亀裂の走る月を、いつまでも見上げ続けていた。

◆

四里の盟は、黒炎の奔流をひとまず押し返した。だが、根本を絶ったわけではなく、灯の民の遺跡も、渦の淵の正体も、第七連の核心も、調律者と呼ばれる者たちの正体も――解けないままの問いが、いくつも積み残されていた。

そして何より、リオは戻らなかった。

ツキノワと呼ばれる、金色の月に浮かぶあの淡い輪は、今も欠けたままだった。ショウは、その欠けた輪を見上げるたび、いつか必ず、その欠片を取り戻すのだと、声にならない誓いを、ただ静かに繰り返し続けていた。

(第35話「残り火」へ続く)

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