第三部『銀月、還る』
ツキノワ 第38話「鏡の起源」
灯の民の使者が残した緊張が消えぬまま、名乗らぬ客が、再び渦の淵の見張り小屋を訪れた。今度は、記録者を名乗った。
「私どもは、七静の衆と呼ばれています。……それ以上の説明は、まだ許されていません」
ミシャラが、腕を組んだまま静かに問うた。
「合わせ鏡の由来を知っているのか」
記録者は、ゆっくりと頷いた。
◆
「合わせ鏡は、もっと古い術の名残です。鏡守の会が代々受け継いできた作法は、本来の力のごく一部にすぎません」
「本来の力、とは」
「地上と、地上ではない場所を隔てる、封じの術です」
ショウは、その一言に、喉の奥が詰まるのを感じた。地上ではない場所——その言葉の響きに、覚えのある予感が走った。
◆
「地上ではない場所、というのは」
思わず問うと、記録者は初めて、わずかに目を伏せた。
「今はまだ、その名までは明かせません。……『七静』の名の通り、私どもが一度の訪れでお答えできるのは、七つの問いまでと定められています。今日は、もう残り二つです」
「またそれか、と言いたいところだが……七つ、というのは初耳だな」
ミシャラが、苦笑気味に言った。記録者は、それに小さく頭を下げた。
「申し訳ありません。ただ、順序があります。全てを一度に明かせば、受け止める前に崩れてしまうこともある」
その言葉には、どこか、長く何かを守り続けてきた者の重みがあった。
◆
「一つだけ、確かなことをお伝えします」
記録者は、去り際にそう言った。
「渦の淵は、ただの発生源ではありません。……あなた方がこれまで守ってきた場所は、地上と、その"向こう側"を繋ぐ、扉のようなものです」
ミシャラは、しばらく黙り込んだあと、ぽつりと呟いた。
「……思い返せば、あそこから吹く風は、地上のどの場所の匂いもしなかった」
その一言だけを残し、記録者は姿を消した。
一室に残されたショウとミシャラは、しばらく何も言えなかった。地上ではない場所、その向こう側——ばらばらだった言葉の欠片が、初めて、一つの輪郭を結び始めていた。