第三部『銀月、還る』
ツキノワ 第45話「愛した悪」
黒炎信奉者との戦いに、小康状態など一度もなかった。渦の淵の外縁で、二度目の襲撃がすでに牙を剥いていた。
「導師! なぜ、ここに!」
ショウは、迫る影の一体を斬り払いながら叫んだ。七静の衆の導師が、崩れかけた結界の残骸のそばに、老いた体には不釣り合いなほど落ち着いた足取りで立っていた。
「今、話しておかねば、間に合わなくなる気がしたのです」
◆
迫る影の群れに、ショウは剣を構え直した。導師が、その背に、静かに寄り添うように立つ。背中合わせのまま、二人は、それぞれの得物で押し寄せる影を捌き続けた。
「教えてくれ。リオに、何があったのか」
剣を振るいながら、ショウは叫ぶように問うた。導師は、迫る影の一体を古い印を結んだ手で退けながら、静かに答えた。
「……いいでしょう。もう、隠す時ではありません」
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「神話の時代、あの百体の魂の中に、深く愛し合う二体がいました。一体は誰よりも優しく、完璧な魂と器を持つ者でした」
戦いの喧騒の中、導師の声だけが、不思議と鮮明にショウの耳へ届いた。
「その者は、月の裏側に捨てられたあらゆる悪を、見過ごせなかった。彼らをも救おうと、もう一体が止めるのを振り切って、月の裏側へ渡ったのです」
剣を振るうショウの手が、わずかに震えた。
◆
「渡った先で、その魂は、長い時をかけて、悪そのもの——黒炎の魂に、染め上げられてしまいました」
「では、リオが……」
影を斬り払いながら、ショウが叫んだ。
「はい。あなたを狙ったのも、黒炎の魂が、地上に転生していたもう一体の魂を危険視したからです。……ですが、刃を向けた瞬間、神話の時代の宿命が、その魂の奥底から呼び覚まされた」
◆
「だから、俺を助けた」
ショウの声は、剣戟の音にかき消されそうなほど、掠れていた。導師は、深く頷いた。
「以後、その魂は、真実の愛によって、あなたを守り続けました。……そして界暦七千年の大噴出をきっかけに、古い汚染が再び疼き出し、ついに黒炎の側へ引き戻されてしまった」
一体、また一体と影を斬り伏せながら、ショウは、これまで問い続けてきた「なぜ」の答えを、ようやく手にした。それでも、その答えは、痛みを消してはくれなかった。
「悪をも救おうとした、その優しさが……」
言葉が、その先で途切れた。愛した者が、誰かを救おうとして、そのまま囚われてしまった——その真実の重さを抱えたまま、ショウは、なおも迫る影へ剣を振るい続けた。