← 小説目次に戻る 小説

第三部『銀月、還る』

ツキノワ 第49話「渦への挑み」

文字サイズ

リオの目に深紅が戻ったという報せは、渦の淵の前線に、瞬く間に広がった。四里の盟、七静の衆、そして灯の民——三者が、初めて同じ場所に集った。

「今度こそ、共に立とう」

カガリが、ミシャラに向かって、深く頭を下げた。ミシャラも、それに応えるように頷いた。

「争っている暇は、もうない」

◆

黒炎信奉者の一団は、渦の淵の封を破ろうと、これまでにない規模で押し寄せていた。四里の戦士たち、七静の衆が張る古い結界、灯の民が代々継いできた秘儀——三つの力が、初めて一つに束ねられた。

西の盾兵が、密集した円陣を組んで前線を支え、中央からはカイが率いる手合わせ衆の刃が、押し寄せる影の群れへ次々と斬り込んでいく。東の歌合の会は、低く一節を唱えることで味方の足並みを揺るがぬものにし、北のミシャラは、古い合わせ鏡の技をここで初めて実戦に用いた。無数の小さな鏡片を空へ放ち、黒炎の放つ濁った光を跳ね返して、影の群れの目を眩ませる。

七静の衆の記録者たちは、古い結界の術式を戦場の要所に張り巡らせ、統率されていたはずの信奉者たちの動きそのものを、内側から縛り上げていった。勢いのわりに、影の群れは、思うように前へ進めなくなっていく。

「灯の民の名において」

カガリの声とともに、地に刻まれた古い封紋が浮かび上がり、渦の淵に近づく影の一角を、淡い光の壁で押し留めた。七千年、誰にも見せることのなかった秘儀が、初めて、他の三者の目の前で放たれた瞬間だった。

「渦の淵の、その奥へ」

ミシャラの号令に、前線が、大きく動いた。

◆

リオが、ショウの隣で剣を構えた。深紅の目に、迷いはなかった。

「悪かったな、待たせた」

「何度でも、待つ」

二人は、渦の淵の縁へ向かって、共に進んだ。黒炎信奉者たちが、なおも二人を阻もうと群がったが、精霊の力を宿した二人の前では、それも長くは続かなかった。

◆

渦の淵の縁に立つと、その奥には、これまで誰も見たことのない、深い裂け目が広がっていた。足元の氷は、そこだけ重さを失ったかのように、わずかに宙へ浮き上がっては、底の見えない暗闇へと静かに吸い込まれていく。裂け目の向こうから、黒く濁った気配が、絶えず滲み出していた。

「この先が、月の裏側」

ショウが呟くと、リオが、静かに頷いた。

「行くぞ。今度こそ、俺が最後まで、お前のそばにいる」

ショウの声に、リオは、深く頷いた。三者の力に守られながら、二人は、ついに渦の淵の奥へ、共に足を踏み入れた。

(第50話「振り下ろした一撃」へ続く)

← 小説目次に戻る ← 前の話へ 次の話へ →